岐阜市で春の催しを調べていると、道三まつりという名前だけが先に目に入ってくることがあります。名前に歴史人物が入っているのに、始まった経緯までは意外とわかりにくいものです。自分も最初は、斎藤道三の時代から続いている祭りなのかなと思っていました。
ここでは、道三まつりがどんな祭りか、なぜ道三の名がついたのか、まちとどうつながってきたのかを順番に整理します。
道三まつりはどんな祭りなのか
道三まつりは、岐阜市中心部で春に行われるまつりです。みこしパレードなど、通りや中心市街地を使った催しが中心になっています。
例年は4月第1土曜日とその翌日に、岐阜まつりに合わせて開催されることが多く、柳ヶ瀬や長良橋通り周辺などが会場になります。年によって日程や会場が変わる場合があるため、出かける前に公式情報を確認しておくと安心です。
名前に道三の名が入っている理由
見落としやすいのが、道三まつりという名前が、戦国時代からそのまま続く祭りの名前ではない点です。
- 斎藤道三とは
-
戦国時代に、現在の岐阜のまちづくりに関わったとされる武将です。
祭りの名前には、まちづくりに貢献した人物への敬意が込められていると案内されています。
歴史人物と祭りの始まりの違い
歴史上の斎藤道三が生きた時代と、道三まつりが始まった時期は、同じ時代の話ではありません。
道三まつりが始まったのは昭和48年、1973年のことで、戦国時代からはずいぶん後の話になります。
ここは自分も最初、勘違いしていた場面なんですよね。
まちの催しとして広がった経緯
道三まつりが始まったきっかけは、NHK大河ドラマ「国盗り物語」の放映だったとされています。
このドラマで斎藤道三への注目が高まり、まちづくりの功績を伝える催しとして企画されたのが道三まつりです。
中心市街地と道三まつりの関わり
道三まつりは、柳ヶ瀬や長良橋通りなど、岐阜市の中心市街地を会場にしているまつりです。
- みこしパレード
- 音楽隊パレードなどの催し
- 常在寺での追悼式
会場が中心街に集まっているため、買い物や用事のついでに立ち寄りやすいのも、まちなかの祭りらしいところです。ただし、実施される催しや時間帯は年によって変わることがあります。
岐阜まつりと並んで見える理由
岐阜まつりと道三まつりは同じ時期に行われるため、まとめて一つの祭りのように見られやすい面があります。
ただし岐阜まつりは、市内の神社の例祭と関わる長い歴史を持つ祭りです。道三まつりは、そこに協賛する形で加わった近代の催しとして見ると、違いが分かりやすくなります。
始まりから今の催しへ続く流れ
始まりから今の形までの流れを、簡単に整理してみます。
大河ドラマをきっかけに、まちの催しとして始まりました。
岐阜商工会議所や商店街振興組合など、地域の関係者が運営を担うようになりました。
みこしパレードなど、今の内容へと形を変えながら続いています。
この流れを知っておくと、今の催しがどうしてこの形になったのかが見えやすくなります。
由来を確認できる公式の情報源
先に確認しておきたいのは、開催日程や催しの内容が年によって変わる場合がある点です。

日程や催しは公式サイトで確認しておくと安心です
岐阜市公式ホームページや、道三まつり実行委員会の案内で、最新の情報を見ておくと安心です。特に、開催日、会場、交通規制、雨天時の対応は出かける前に確認しておきたいところです。
由来をめぐって起きやすい勘違い
よく迷うのが、道三まつりが斎藤道三の時代からそのまま続く伝統行事だという思い込みです。
実際には昭和48年に始まった、比較的新しい催しという位置づけになります。
岐阜まつりと道三まつりを分けて見ると、由来がすっきり見えてくる気がします。
道三まつりの由来を見に行く前に
道三まつりの由来が気になったら、まずは岐阜市公式ホームページや道三まつり公式サイトで、開催年の案内を確認してみるとよさそうです。
自分も柳ヶ瀬を歩くたびに、この祭りが始まったころの話を思い出すことがあり、まちの積み重ねを感じています。
由来を知ったうえで催しを見ると、通りの景色が少し違って見えるかもしれません。出かける前に最新情報を確認しつつ、春の岐阜のまちなかを楽しんでみてください。












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